独断と偏見で選んだ世界の放射線被ばく事故

2015年4月17日の記事で、こんな事件があった。

news.tv-asahi.co.jp

 メキシコで、工業用の強力な放射性物質が何者かに盗まれました。メキシコ政府は注意と情報提供を呼び掛けています。

 メキシコ内務省は、タバスコ州カルデナスで13日、駐車場に止めてあったトラックから工業用の強力な放射性物質イリジウム192」が盗まれたと発表しました。このイリジウムは、長さ2cm、幅0.5cmで、盗まれた時点では特殊な容器に納められて人体への危険はないということです。ただ、容器から取り出して手に持つなど、近くで被ばくすると数時間で死に至る可能性があります。

 25日時点で続報がないので、未発見なのかな。

 

大学時代、お父さんが原子力の研究者だという友人がいた。

へえー原子力。なんか難しそう。原子力のどんな研究なの? ときいたら、友人も「よくわからん」と言っていた。

当時、こずえ鈴というタレントがバラドルとしてよくテレビに出てたんだけど、とあるバラエティーで「お父さんはプラズマの研究者」と言ってて、司会者に、具体的にどんな研究なの? と聞かれて「よくわからない」と答えていた。友人と全く一緒の反応だなと思った。

ちなみに、こずえ鈴の弟(故人)は土屋アンナの長男の父親です。わーどうでもいい情報。

 

話が飛んだ。

原発事故やなにやらで、放射線に敏感になった昨今だが、昔から放射線事故と言うのはちょくちょく起こっている。

原子力百科事典 ATOMICAのトップページ、分類検索→放射線影響と放射線防護→原子力施設による健康影響→放射線事故から事故に関する記事が読める。

この中から、いくつか印象的なのをピックアップしてみた。

 

ブラジル国ゴイアニア放射線治療研究所からのセシウム137盗難による放射線被ばく事故 (09-03-02-04) - ATOMICA -

<概要>

 1987年9月、ブラジル国ゴイアニア市で、廃院となった放射線治療医院からセシウム137線源が持ち出されて廃品回収業者の作業場で解体され、セシウム137による広範な環境放射能汚染と多数の人々の被ばくが生じた。

(中略)

 業者は暗いガレージの中で線源の粉末が光っているのに気付き、家の中に運び込み、その後数日にわたって家族、親類、隣人が、これを眺め、手を触れ、体に塗ったりした。

 

これと類似した事故、実は日本でも起こっている。

千葉市におけるイリジウムによる放射線被ばく事故 (09-03-02-11) - ATOMICA -

<概要>

 1971年9月、千葉県内のある造船所の構内で、作業員が非破壊検査用の強力な放射線源であるイリジウム192(5.3ci,1.63E12Bq)を拾った。それが何なのかわからないまま好奇心からズボンのベルトにさし、下宿に持ち帰った。下宿を訪ねた5人とともに6人(年令:20~30才)が被ばくし放射線急性障害が生じた。

(中略)

千葉市のある造船所構内で、作業員の1人がステンレス製の鉛筆のようなものを拾った。Bは、それが何なのかわからないまま好奇心からズボンのベルトにさし、下宿に持ち帰った。夕刻、彼の下宿を訪ねた5人の仲間が、その鉛筆のようなものに次々と触ったり、眺めたりした。

 命は助かったものの、22年間も手の放射線障害に悩まされたとは大変に気の毒である。しかも結果的に指を切断してるし。

 

あともう一つ。中国での事故。

中国上海市の殺菌装置で起きた放射線被ばく事故 (09-03-02-13) - ATOMICA -

 <概要>
 1990年6月25日、中国の上海市にある放射線医学核医学研究所で、化粧品や医療用製品の殺菌を行うコバルト60線源により7名が2~12Gyの被ばくをした。

(中略)

Shiは、9時40分になって製品の照射記録をチェックしに操作室へ来て初めて、線源が照射位置にあるのに気づき、非常に衝撃を受けた。Shiはこのことを仲間にも関係当局にも話さず、線源を防護水槽にそっと格納し、全製品が部屋から運び出される10時40分まで仲間と働いていた。

 Shiさんすぐに報告しなきゃ! ただ、被曝量をみると直後に治療に入ったとしても救命は難しかっただろう。

 

最後にATOMICAからではないけど、アメリカのロスアラモス研究所というところで二度にわたって起きた臨界事故。

両事故とも、デーモンコアと言うプルトニウムの塊と、研究者のうっかりミスが関わっている。

デーモン・コア - Wikipedia

第一の実験。

ブロックをコアに近づけ過ぎると即座に臨界状態に達して核分裂が始まり、大量の中性子線が放たれるため危険である。しかしダリアンは手が滑り、ブロックを誤ってプルトニウムの塊の上に落下させてしまった。プルトニウムの塊は即座に核分裂を起こし、そこから放たれた中性子線はダリアンを直撃した。

ダリアンは25日後に死亡。

第二の実験。

そしてついにこの日、スローティンの手が滑り、挟みこんだドライバーが外れて二つの半球が完全にくっついてしまった。即座にデーモン・コアから青い光が放たれ、スローティンの体を熱波が貫いた。

スローティンは9日後に死亡。間近で実験を見ていた研究者も、長く放射線障害に苦しんだ。

これらの実験は、原爆を設計した科学者たちを題材にした作品で映像化されている。

はてなブックマーク - 放射線実験での被爆事故シーン(映画シャドーメーカーズより) ‐ ニコニコ動画:Q

 

印象に残った事故をずらずらとコピペしただけだが、放射線に関する事故の原因は本当にちょっとしたミスで、それで大惨事になってしまうんだなと思った。

 

急性放射線障害ってどうなるの? と思ったら、下記の本を読むとよくわかると思います。 

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

 

 痛々しく、切ないながらも淡々とした描写の本です。