腹膜偽粘液腫闘病記

腹膜偽粘液腫という珍しい病気にかかりました。闘病記をはじめます。

3/15

叔母来訪日。
私の体調は割と元気。吐き気もお腹の痛みもさほどない。

叔母は私の母の妹で、数年前に夫を亡くし、一人娘(私のいとこ)も結婚しており、今は年金で悠々一人暮らし。
よく幼い私を夫婦で連れ出して遊んでくれた。叔母と義叔父に、立川の昭和記念公園のプールに連れて行ってもらったことは、いまだに鮮やかに覚えている。
当時のふたりは今の私よりもはるかに若かったんだなぁ。

私が結婚して子供を産んでからも、家にしょっちゅう招いてくれて、バーベキューなどをしてもてなしてくれた。
叔母の家は暖炉があるセンスの良い家で、リビングは吹き抜けの天井が高く、また適度な田舎にあり、息子の田舎の原風景にもなっている。家の横には畑があり、色々な野菜を育てていた。
夫は穏やかな義叔父と馬が合い、よくふたりでタバコを吸いながら話し込んでいた。

義叔父を亡くした後、叔母はその家を売って地元にマンションを買って戻ってきた。
若い頃は田舎でのびのび子育てし、子供も独立し、老境に至って車が必要でない都会に戻ってくるというライフスタイルは完璧だと思ったものである。

義母が昼前から来てくれて、お掃除してくれる。
あらかじめ義母に叔母の来訪を伝えておいたとはいえ、義母があくせく支度してくれることに嬉しくも申し訳ない。お土産のお菓子まで用意してくれた。
ちょこっと片付けるだけで良いのに…大事になってしまった。

叔母は実家を管理しており、母が残したアクセサリー類を持ってきてくれた。
指輪にいくつか18金のものがあったが、ほとんどは価値のない安いもので、どうしたもんかな。

私の大好きなバーゼルのケーキを持ってきてくれて嬉しい。私はフルーツタルトをいただいた。ちょうど部活のない息子が帰ってきて、ショートケーキとチョコレートケーキをペロリと平らげる。叔母は潰瘍性大腸炎を患っており、生クリームなど脂っこいものが食べられない。義母が用意してくれた和菓子を食べていた。
叔母は甥である私の2人の兄よりも、私の夫のほうが可愛いと言ってて笑ってしまう。
確かに私も含めて、兄2人は性格に少々クセがある。
親のせいかなと思うけどどうだろう。

叔母を送りがてら、駅の100円ショップで金属磨きの布を買う。夕飯まで時間があったので指輪を磨いていたら、帰ったはずの叔母がまた来訪。何事かと思ったら、スマホを忘れたという。確かに机の上にスマホが鎮座しており、全く気づかなかった。

せっかくだし、と一杯お茶を飲んでもらってお見送り。
叔母が帰った後は台風一過のようだった。